底辺男性介護士カイトキュンのライフハックブログ

カブッキーランドのこどおじ介護士カイトキュンのライフハックブログ

底辺男性介護士のカイトキュンが介護に纏わるあれこれを考えていくサイトです。

"カイトキュン"が10年を意識高い系で全うするまで

こんにちは。

皆さん近頃、笑ったことがあるだろうか?

笑顔には、秘めた力がある。

護りたい笑顔があったりしないだろうか?

 

www3.nhk.or.jp

 

「陰気でおとなしかった」

「電車の運転手を夢見ていた」

昔の同級生や幼馴染に、

ふと嫌悪を抱くことは誰にでもあると思います。

"カイトキュン"  もそんな風にクラスメイトから忘れ去られた

"普通の陰キャ"  でした。

そんな彼が、どうして10年を介護職として全うした

"意識高い系底辺男性介護士"  になったのか。

この記事で明らかにされる僕のことばから、

その半生を追っていきます。

 

今から30年前の平成2年2月2日、

とある一軒家に住む父親と母親のもとに

1人の男の子が生まれました。

「かっぺ1号」と書いて「かいち」と名付けられました。

 

その子は、のちにキャパオーバーの影響で増築される

石川県の川北町にある小学校の近くで育ち、

保育所から中学校まで地元で通いました。

 

まず、幼かった頃のカイトキュンです。

保育所では、何人かと遊んでいた。(友達がいた)

 

通っていた小学校には、

途中から編入してきた転校生もいたといいます。

そういった子達と、カイトキュンが遊んでいるところは

見たことがないです。 

 

平成何年かな?

アテネオリンピックが開催された翌年、

カイトキュンは、石川県小松市の公立の工業高校の情報科に入学します。

クラスでは陰キャ的存在で、

遊戯王のカードゲームなどがクラスで流行していたりしました。

(僕はやっていない)

そう、陰キャが多数を占めるクラスでした。

 

当時は真面目に勉強し、 国家資格をいくつか取得していました。

 

2008年ごろかな?

カイトキュンは、高校3年生に進学。

大学への進学コースに進みます。

 

高校3年生で、大学への進学者と

企業への就職希望者が分かれて授業を行う

と言うこともありました。 

 

しかし、高校3年生の冬頃に変化が見え始めます。

以下のブログ記事を参照。

blog.kaichi-diary.com

 

 

高校卒業後はIT系の会社に就職しますが、

半年ほどで辞め、カイトキュンは非常勤職員として

とある介護付き有料老人ホームで働くことになります。

 

 以下のブログ記事を参照。

carewarker-diary.hatenablog.com

 

 

このお話は、次回以降も続きます。

(続きは、次の記事で)

 

今回の記事では書いている僕自身がそうですが、

読んでいる方も、なんだこの記事・・と思う箇所があったと思います。

しかし、なぜこの記事を書いたのか?と聞かれると、

ネタがなかったからとしか答えることが出来ません。

どうしたら、そのようなことを回避出来るのか?

その糸口を探るためにも、引き続きブログ更新の方を

進めていきたいと思います。

 

「放って置いてるだけなのに、アクセス数を稼いでいる」

そんな夢のような状態を手に入れることが出来るまで。